2006年12月19日火曜日

うちのこどもたち 誕生会


17日日曜日、長女の10歳の誕生会をしました。クラスの友達が12人。太陽には恵まれませんでしたが、そんなに寒くはなく、子供達は外で遊んでました。

庭でサッカー(お隣さんに飛ばないように空気を少し抜いておく)、ブランコ、と自由に遊ばせた後、
イベント①輪投げ大会。
日本人の子供達とはよくやりますが、フランス人の子供にさせたのは初めてでした。この手の狙いモノをやった事がある子供なさそうな子供が一目で分かり、興味深かったです。普段は感じなかったその子の別の面も見えたし、なかなかお勧めのゲームかもしれません。優勝者はこの日の主役さんでした。

イベント②漢字ビンゴ。5×5マスの小一漢字。
大小のプレゼント(カレンダー、折り紙、キーホルダー、鉛筆、筆ペン、日本手ぬぐい、飴、、、)を用意して、一ラインそろったらプレゼントをひとつもらえます。まずプレゼントを机に出すと、「これ欲しい!あれ欲しい!」の歓声。みんなそれぞれ欲しいものがあるようです。それが他人に取られると、、、、、、。盛り上がりましたよ~。みんなもう10歳ですからね、もらえなくて拗ねる子はいませんでした。ホッ。でも終わった後で、「これと交換して!お願い!」と裏交渉をしてました。このプレゼントが絶対欲しい!・・・その訳を聞いたら、「お母さんにあげたいから。」「親戚の○○さんが好きそうだから!」「来週会う友達にあげたいから」と、他人に渡すことを想定している場合が多かったですね。う~~ん、みんなやさし~~い!!

イベント③折り紙。
まあ、これはうちに来た子供が必ずと言っていいほどねだることです。うちには折り紙も本もたくさんあるから。ただやりなれてないから本を見ながらでもすぐ分からなくなります。「教えて~」と言われて答えられるのは私しかいないから、同時にやらせるのは4人までかな。質問が私に集中しても、みんな自分の順番が来るまでじーっと待ってくれますよ。この辺は小さい頃から厳し~~~く教えられてますからね。

13時~18時半。今月の大切なイベント終了です。充実してたけど、やっぱり疲れました。

2006年12月18日月曜日

うちのこどもたち 中学校

来年の9月から長女は中学生。(フランスでは小学校が5年、中学校が4年なのです。)

で、どこへ行かせるか、決まりました! とっても読みにくい名前、La Chasneraie。我が家から一番近い学校です。
http://www.chesneraie.org/ (フランス語のみ)

申し込み時に家族面接がありました。カトリック系の学校ですが、面接時に旦那は「私の家庭はユダヤ教、妻は日本人ですから仏教・神道です。」とはっきり言ってたので、私は結果が来るまで内心ハラハラしてました。

私立です・・・と言うと日本では進学校と思われるかもしれませんが、日本で私が体験したような、100点の子供と95点の子供がいたら95点の子供が「負けた」と思うようなところではありません。スポーツ、蜂蜜づくり、欧州修学旅行、、、周りは畑に囲まれてますが、カリキュラムは面白そうなことがたくさん。学校を案内して下さった先生方の印象はよかったです。

日本の皆様が気になるであろう金額ですが、昼食を家で食べる場合、
入学金(初年度のみ):280ユーロ
月謝(10ヶ月):67ユーロ
PTA・保険等(年間):40ユーロ
となります。

因みにここは寮もあり、その場合は月謝が520ユーロです。政府から補助が出ているフランスの私立中学はだいたいこの金額なのだそうです。

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フランスの公立の中学校なら年間20ユーロぐらいなんです。しかも「必須」ではない(=払わない人もいる)。ですが我が家の校区の中学校はエクス一評判が悪く、クラスあたりの人数も多くて先生の目が行き届かない状態。それにストライキが起これば学校の先生が真っ先に休みますからね~。私が一番嫌なのがこの先生の欠勤!これから開放されると思うとちょっと高くてもいいか、と。それに私自身が佐賀の田舎で中学時代を過ごしてそれがすごく印象に残っているんで、引越ししてきて歩いて10分の所にこの中学校を見つけてから以来、子供達を行かせたいなと思っていたんです。

行くところが決まれば、あとは子供次第ですけどね。個性的な「いい子」がたくさん入学してくれれば言うことなし!

2006年6月20日火曜日

うちのこどもたち 書道

昨年同様、日本帰省中にこどもたちが書道教室に通い始めた。先生は男性。

次女は左利き。昨年始めて教室に行った時、「どっちの手で書かせるんだろう?」と、私は興味を持っていた。生まれてからずっと、右手での作業を強制したことがなかったからだ。

「先生も手も足も左ばっかり使ってるよ。でもお習字の時は右手。そのほうが簡単だから一回やってみる?じゃあまず先生が書くのを見てて。」

このたった五分であっさり右手になった次女。先生の「トンと筆を置いてスーッと滑らせてまたトンと止める。トン、スー、トン。」

スケートのように筆を滑らせて、トン、スー、トンのリズムで書く。慣れない右手作業ではすぐに疲れが出るだろう(イライラしてくる)と思ったが、そんな気配は全くなし。何と一時間半も書いていた。(この教室では正座は必須ではなく、足を組んでも伸ばしてもよいのです。何時間居てもOK。)子供の集中力は、相手次第と実感。

BGMはジャンル問わず。休憩、雑談常時可。大人に混じってのこの時間はこどもたちも楽しいらしい。今年も、学校で二時間の習字の直後にも行ったし、たくさんの宿題よりも先に「お習字に行く!」であった。

親の私? 去年は頑張ってみたけど、今年はやってません。長時間自分の下手さと向き合うのは弓道だけで十分、、、。

2006年6月15日木曜日

うちのこどもたち 漢字検定

日本に帰省して最初の日曜日に漢字検定を受けた。フランスを出発する前は、子供たちは学校の期末試験やら学年末イベント、私自身も頼まれた仕事で殆ど家にいなかったので、漢検の勉強など全然出来なかった。

次女の「もういいよもういいよ。落ちてもいいじゃん。また来年受ければいいじゃん」という言葉に励まされ(?)、勉強ゼロの状態で会場に向かった。

まずは私が2級(高3レベルらしい)。読み、部首、熟語の構成は悩むことなくこなしたが、四字熟語の完成(二文字入れる)と漢字の書きにはお手上げだった。頭の中にはボヤ~と漢字の一部が浮かんでくるのだが、書けない!思い出せない! ・・・不合格やろな~。今度受ける時は四字熟語強化だ!

子供二人は9級(小2レベル)を受験。長女は合格圏内にいると思うが、勉強嫌いの次女は、半分も書けるだろうか?と心配していた。書けないのが多いとその後の不機嫌度がUPするから親としてはそれが怖い。もう漢字なんか大嫌い!と言われたらどうしようか?

子供の受験する教室には小学生2~3年の子供が150人ほど入っていった。参考書も閉じてくださいという指示だったので、鉛筆消しゴム、それと受験票を持っていけばOKのはずなのに、子供たちについて保護者がどんどん教室に入っていった。何をするのかとみていたら、、、「あなたの席はここよ」「鉛筆はこれでいい? 消しゴムは?」「鉛筆は3本出しておきなさい」「受験票はここに置くからね」・・・

机には名前入り問題用紙が既に置かれていたから、席を間違える子はいないはずだ。教室には係員が5人。そしてマイクできちんと説明していた。係員が「筆箱も片付けてください」と指示を出すと、横で保護者が「筆箱は片付けるのよ」と繰り返していた。それよりも何よりも、教室の入り口には「受験者以外立ち入り禁止」と書いてあったのだ。(ついでに言うと、受験票には「お車での来場お断り」とあったのに自家用車が校内にたくさん乗り入れていた)

この光景には私がぞっとした。私のように教室外で「頑張って!」といって子供を送り出した保護者は果たして何人いたのだろうか?(あんまりいなかった気がする。)私のほうがおかしいのだろうか? 日本の親はこんなに子供にかまっているのかぁ。子供たちも自分でできる年齢のはずだし、いったいどう思っているのだろう? 

話が逸れてしまった。そう、子供たちの受験結果。教室から出てきた二人は全部書いたと言っていた。まったく書けないのは殆どなかったらしいのでホッとした。(漢字嫌いにならないで済みそうだ) 試験終了後に配布された解答を見る限り、次女もギリギリ合格しているかもしれない。合格通知は7月末予定。

うちのこどもたち 体験入学3年目

6月9日から、子供たちの小学校体験が始まった。正式には転入したので「体験入学」とは言わないのだが、日本語の勉強が十分出来ているわけでもないので気持ちはやはり「学校体験」。

4年生、3年生には不釣合いなほどピカピカの赤いランドセル。(年に1ヶ月ちょっとしか使わないから当然?) その中には教科書や指定のノート、大きい割には物がたくさん入らない日本の四角い筆箱、歯磨きセット、名前入り雑巾、水筒、前日買ったばかりの上履き(名前もしっかり記入)、体操服(真っ白のTシャツは日本ではなかなか見つからないのでDecathlonで事前に購入。300円)、、、日本の小学生は持ち物が多い。

時差ぼけで午前3時に目がさめたのだが、子供たちは学校に行きたくてたまらないらしい。ランドセルの中身を何度もチェックしていた。

登校は朝8時。前日に10分ほどクラスに顔を出していたので、二人は躊躇なく校舎の中へ。私も3年目となると事務作業をさっさと済ませて帰宅。

長女のクラスは40人という大所帯。その中にハーフが既に3人いるらしい。韓国、英国、そしてフランス。うちの子も入れるとハーフの女の子が四人という国際色豊かなクラスだ。

次女のクラスは28人。「先生がとってもかわい~ぃの!」としきりに言っていた。昨年の一番のお友達がいなくてちょっとがっかりしていたようだが、みんなが覚えていてくれたので楽しく遊んだようだ。和式トイレも今年は一回目で成功したらしい。

放課後に長女の友達がまた遊びに来てくれた。英国ハーフとフランスハーフ。うちの二人を入れて欧州系4人。こちらに定住ししている二人はバリバリの博多弁。うちの二人は半分もわかってなかったはずだ。後で聞いたら「全部わからんでもいいといいと。」(←既にちょっと博多弁)

その四人の会話。
「ねえねえ、ヨーロッパと日本、どっちが好き?」
「景色はさ、むこうが絶対よかよね~。緑も多いし。」
「そうね、日本は景色きたないもん。ビルばっかりやし。」
「でもさ、買い物するんやったら絶対日本やん。洋服とかかわいいのいっぱいあるのは日本やし、、、」

帰り際、二人が電話番号を教えてくれた。「私ケータイしか使わんけん、直接ここに電話してね」

・・・うちの子がケータイ欲しいとねだらないことを祈るばかりである。

日本行き 飛行機&到着初日

先週日本の実家に着きました。Marseille-Paris-Nagoya経由。

パリの空港での待ち時間はターミナル循環バスに乗ったりT2のAからFまで歩いて往復したり、子供と一緒に“何とか”過ごしました。でも改めて感じましたね。CDGって、全然面白くない! 子供の遊び場作って欲しい!!

飛行機の中では3人で一通りのゲームを試し、その後は自分たちの持ってきたSUDOKUを数ページこなし、あとは映画を数本見てました。子供たちも眠くなったら「寝る」と宣言して目を閉じてました。(JALのプレゼントには子供たちも見向きもしてませんでした。「またこれかぁ」)

名古屋ではお風呂に入りました。飛行機を眺めながらの大浴場で日本へ帰ってきたことを実感。

福岡空港到着直前は出身大学上空を通過。夕方なので馴染みのある道路や建物がよく見えました。懐かしい福岡! 毎回この福岡上空で目頭が熱くなるのですが、そういえば昨年から普通に眺められるようになったような気がします。フランスとの往復に慣れてきたかな?

翌日は朝九時に小学校へ。既に編入するクラスも決まっており、担任の先生が10分ほど子供たちを教室に連れて行ってくれました。「明日から来ます」の挨拶をしたらしいのですが、○○ちゃんがいた! △△ちゃんもいた!と、二人は大騒ぎでしたア。

そのあとは3人で区役所へ。毎回嫌な手続きです。案の定「短期であれば住民票を入れる必要は内容に思われますが、、、」とやんわりと言われたので、こちらもやんわり口調であーだこーだ理由をつけ、何とか手続き済ませました。戸籍抄本を取り寄せていなかった為(親子関係が証明できない)、その確認に時間がかかりました。

無事に国民健康保険証と子供たちの小学校転入証明書がもらえれば何も言うことありません。さっさと区役所を後にする。

数件横では某アパレルが社員販売セールをしていたので、昔の仕事仲間に挨拶に。髪の色の違う子供が一緒だとワーワーうるさいんで(こんなのがお似合いですよ)、売上には貢献せずに外に出ました。

そして子供たちが学校に行くのに絶対必要な「上履き」を買いにダイエーへ。天神にはこれだけお店があるのに、上履きはここにしかないんです。

これで日本第一日目の必須事項、無事終了。

家に戻ると、何と、お友達が2人遊びに来てました。1年という時間を感じないほど仲良く遊んでたので、見てて嬉しくなりました。毎年来てて本当に良かったです。

2006年3月20日月曜日

楽勉!ビンゴで漢字を覚えよう!

子供たちが夢中になってくれた「漢字ビンゴ」ゲーム。

この遊びで何が大変かというと、用紙の作成である。手書きでつくるのも可能であるが、同じ用紙が2枚あってはならないことを考えると非常~に手間がかかる。

でもこれを自動的に作成してくれるソフトがあったのだ!しかも無料。(世の中には何と親切な方がいらっしゃることか!)このソフトはデータは自分で入力しなければならないが、あとはクリックするだけでデータをランダムに並べ替えてくれる。それを印刷すれば出来上がり。

SoftwareShop
「ソフト紹介」→「2 ビンゴ用紙作成」

そして使用カードは
『おもしろい漢字カード1~4』アプリコット出版
たまたまこのカードを持っていたので使っているが、ここにないカードは自作したいと思っている。教育漢字・常用漢字だけでなく子供が身近に触れる漢字を扱うのもいいだろうし、違う読みを導入するのもいいだろう。わかりやすい絵が漢字の横にあったほうが遊び感覚で親しめるようだ。

我が家ではこのゲームはあくまで遊び。漢字が読めるようになっても、「これは前に習ったね~。音読みはどうだったっけ? 書き順はどうだった?」などとは聞かない。


補足

用紙のマス目は3×3~8×8まで自由に選べますが、子供とやる場合は4×4か5×5が時間的に丁度いいようです。このソフトは通常の数字ビンゴ用紙も作成できます。

ひらがな・カタカナビンゴもやってみましたが、子供の反応は今ひとつ。ひら、カタは読めない子供には同じに見えるのでしょうか、探すのにたいへん時間がかかります。(外国人に日本語教えていて同じことを感じますよね。漢字のほうが違いがはっきりしていて探しやすいらしいです。)

WIN XP仏語版で試しましたが残念ながら使えませんでした。

某日仏交流会で新年に60人ほどで行なっていますが、毎年大変な盛り上がりです。漢字を使った遊びですが、要は「同じもの探しゲーム」。日本語を勉強している、していないに関わらず、子供から大人まで全員で楽しむことができるからです。(景品をつければ更に面白い!)


 お読みいただきありがとうございました。
m(_ _)m



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うちのこどもたち 漢字ビンゴ



















自分の名前を漢字で書けるようになった頃は、それが自慢だったうちの娘たち。だがそれを見て驚いてくれる大人が周りにいなくなると、、、当然のことながら飽きた。

親子一緒に楽しくお絵かきをしているとき、子供の絵の横に、『車』『お人形』などと漢字を添えて遊んでいたが、「へぇ~、これも漢字で書けるんだ」 と喜んでくれることもあった。別にムリに覚えさせようとしたわけではない。漢字の存在を知ってもらいたかったのだ。だがしばらくすると、「変なの書かないで!」 と怒られるようになった。 ・・・(-_-メ)

漢字アレルギーになる前に漢字に親しんでもらいたいのだが、どうしたらいいか・・・。

いろいろ考えて試したあとに、私はゲーム方式がいいと結論を出した。

さて、何を使おうか?と、家の中を探してみた。そして納屋の奥で漢字カードを見つけた。数年前に旦那が日本で買ったものだ。小学生レベルの漢字が約200枚。手のひらサイズで漢字一文字と、その横にその絵がついている。(カードの下半分には7ヶ国語で意味が書いてある) 

このカードをどう使おうか?・・・あれこれ考えているうちに『漢字ビンゴ』を思いついた。同じカードを見せながら、漢字だけのビンゴ表に○をつけていくのだ。早く○を一列作った人が勝ち。

このゲームは大当たり!○をつけるのが楽しいのか、何度もリクエストを受ける定番ゲームとなった。私がカードを選び、「はい、次は『くるま』です。『車』を探してくださ~い。『車』ですよ。『車』『車』・・・『車』はあるかなぁ~~?」と読み方をブツブツと、何度も何度も唱えた。その横で子供たちは私が見せるカードの『車』の字を見ながら、自分のビンゴ用紙の中に『車』の漢字を探すのである。

効果抜群!!4~5回繰り返すと漢字だけを見せても「あ、これは『くるま』だね。」と言えるようになった。短期間にたくさんの漢字を覚えてくれた。

その後は家の本棚を見ながら知っている漢字を探して、「これ知ってる!」と言うようにもなった。私が読書をしていると、「一緒に見ていい?」 と本を覗くようにもなった。そして知っている漢字があると喜んだ。

写真1:おもしろい漢字カード 1―KANJI FOR FUN 1
アプリコット社
写真2:漢字ビンゴ用紙 (使用ソフトはこちら。使い方はこちら。)


お読みいただきありがとうございました。
m(_ _)m



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うちのこどもたち 漢字導入

外国で子供に日本語を習得させる際、何が一番大変かと問われると、「漢字」という項目はかなり上位にくるのではないだろうか。我が家でもそうである。

日本にいればTV、街中、毎日自宅に届けられる新聞で嫌でも目にするのだが、フランスにいるとそういうわけにもいかない。さてどうしようか? 
- 漢字を徐々に増やせるように絵本を厳選する ?
- 「はぁ~い、これが『やま』という漢字ですよ」と教えていく? 
- 日本からドリルを取り寄せる? 

どれにしても自発的に興味を持って取り組むことはないだろうなぁ。ひらがな・カタカナでさえややこしいのに、それより複雑な漢字を見せると子供が拒否反応を起こさないだろうか? 「難しそうだからいゃ~だ!」と思わせたらもうおしまいだ。もう二度と取り組まなくなるだろう。

じゃあもっと何年もあとに、漢字は必要不可欠のものと自分から気づくまで待てばいいのでは? でもいつまでも気づかなかったらどうしよう? 

今から数年前、まだ下の子が幼稚園年少の頃・・・・・・
我が家の二人は年子なので、何でも同じ物を持っていないとケンカになった。歯ブラシ、ペン、消しゴム、、、形も色もまったく同じでないと大変だった。

だから区別するために名前を書くことにした。

まずはひらがなで。いろんなところに書いた。二人の名前をいろんなものに貼った。どこにでも一緒に書いたから、そのうち自分の名前はひらがなで読めるようになった。書けるようにもなった。

この「自分の名前がひらがなで読める」ことの効果は大であった。それまでは絵本を読んであげても絵しか興味を示さなかったが、読んでいる途中で「あ!これは“ゆ”だ!これは“な”だ!」と字を指さすようになった。やった~~!

第二段階として名前を漢字で書くようにした。ひらがなにも飽きてきた頃だったのか、漢字には目の色変えて取り組んだ。私がさりげなく書いていた漢字ネームをすぐ見つけるようになった。(例:お菓子を二つ買って、名前を書いて机の上に置く。けんかしないで自分のを嬉しそうに取る。) あっというまに読めるようになったのだ。それだけでなく自分から漢字を書くようになった。筆順はめちゃくちゃだが、‘漢字で名前を書く’というのが嬉しいようだった。

漢字が書けるようになると、ひらがなではもう名前は書かない、というほどだった。だから次はカタカナにしてみた。その後はローマ字。

トータルで4種類の名前。大人(フランス人)がわからない書き方ができるということで、どこへ行っても自慢していた。幼稚園でも絵の背景を漢字で埋めていた・・・。

2006年3月14日火曜日

うちのこどもたち お客さん

先週、3泊4日で日本から友達が来た。3年前エクスに留学してたAちゃん。時々ベビーシッター頼んでたし、昨年の夏は福岡でも会った。子供たちも大好きなAちゃん。

彼女が来るとお母さんそっちのけで「遊んで!」とせがむ2人。家中のおもちゃと本を見せる。二人ですごい勢いで話すのだが、その日本語がスラスラと出てくるのには驚いた。語彙は足りないが、えっと、え~っと、がたくさん出てくる普段の日本語とは大違い。Aちゃん、今度はもっと長くいてね。Aちゃんがいると、子供たちの語学力がぐんとUPするんよ!

そして今日のお昼。給食に登録してないうちの二人は家でお昼を食べるのだが、一人ずつ友達(フランス人)を連れてきた。(よって子供が4人、全員女の子)

これまた久しぶりに来た友達なのでありとあらゆるものを引っ張り出してきて、相手が何したいかもお構いなしに話し続けていた。このフランス語がこれまたスラスラ出てくる出てくる。君たちはこんなに早口やったん?こげん長いフレーズを言えるんやねぇ~と感心した。

フランス人の2人はお箸を使ってみた。うちのふたりは普段は全然使わないのに、ここぞとばかりに出してきて、友達にどう持つか説明していた。な~んだ、使い方忘れてなかったのか。

自分の家だからこんなにおしゃべりだったのかもしれないが、親の知らぬ間に子供は育っているんだな、と実感。

2006年3月11日土曜日

一時帰国と住民票

日本での卒園式の後、家族でのんびりと温泉旅行でもしてフランスに帰省する予定であった。そこへ区役所から呼び出しが来た。長女の小学校入学手続きについてである。

昨年日本を出る間際にバタバタして住民票を抜かずにそのままにしていたのだが、そのため彼女は4月から義務教育対象者となっていたのである。近くの小学校からも「義務教育除籍届を区役所に出して欲しい」と2月から言われていたのに、それもすっかり忘れていた。

区役所へ足を運んでみると、「住民票がある限り、お子様には校区の小学校に通う義務が発生します。除籍届だけではなく住民票も抜いてもらわないと、学校名簿には名前が残り、欠席扱いを受け続け、システム上、最低評価の通知表が毎学期発行されてしまいます。お子様が将来日本で働く場合に義務教育が最低評価だとお困りになると思います」とのことだった。

除籍届なるものにちょっとサインすれば済むのかと思っていたところ、予想外のことを言われたため、「ちょっと待って」と一呼吸置いてもらった。毎回帰省するたびに役所で長い時間待たされて転入手続きをするのははっきり言って面倒だし、第一、一度住民票を抜いてしまうと、ある知人のように「一時帰国ぐらいでは住民票は作れません」と言われる恐れもある。住民票がないと国民健康保険も使えなくなる。私が「できれば住民票は残したい」と言い張ると、「ここF市では実態に沿う行政を心掛けているので、日本人がたとえ短期でも生活をするのなら、転入を受け付けます」と念を押してくれた。面倒でもそれが実態なのだから、毎回帰省するたびに転入・転出手続きをして欲しいとのことであった。納得、了解。

どうも私は役所に行くとスムーズに事が運ばない。今回のやり取りは途中六法を開いて説明を受け、約1時間かかった。次の帰省時は子供が二人とも小学校である。聞いたところではまず転入届を出し、入学承諾書を発行してもらい、それを小学校に持って行くだけでいいそうだ。

(ここまでは、2003年3月の話。)

その後毎年帰省した翌日は区役所に行くのだが、毎回「1~2週間だけで帰りませんよね~短期なら旅行者として滞在できますから」とか何とか探りを入れられる。私も毎回「そんなに早く帰らないでいいことを願ってま~す」と、にごしている。

2006年3月9日木曜日

うちのこどもたち 卒園式当日

卒園式の朝、私は3年前の入学式と同じ服装で、主役の子供には制服を着せ、園へ向かった。行ってみると、卒園児だけでなく、保護者の胸にも小さな花が飾られ、「本日はおめでとうございます」と在園児保護者に深々と礼をされた。そうなのだ、日本では卒業とはおめでたいことなのた。すっかり忘れていた。体験入学の身分なので皆にお辞儀されても今ひとつピンと来なかったが、他の方には同様のお祝いを述べてまわった。(とりあえず皆と同じことをしておこう。) 先生への色紙に一言添え、綺麗にデコレーションされた門のところで記念撮影もした。

準備段階では滑稽に思える部分もあったが(多すぎる記念品、保護者の服装)、卒園式自体は予想に反し、とても感動的であった。日本にいれば音楽会、お遊戯会、運動会など、大勢の前に立つ機会が年に何度もあるが、我が子はそれらが殆どないフランスの幼稚園生活が中心で、日本でもそれらを見たことが全くなかったのだ。その彼女が、皆と歩調を合わせて会場に入場し、名前を呼ばれたら「ハイ!」と大きな声で返事をし、背筋を伸ばしてひとりで堂々と歩き、証書を受け取り、きちんと脇に抱えて席に戻り、その後は皆と一緒に園での思い出を語り(家では聞いたことがないしっかりした日本語だった)、たくさんの歌を間違えることなく歌っていた。その歌も、親の胸にジーンとくるフレーズばかりで、ここの幼稚園生活でいかに自分の子供が成長したかを振り返らずにはいられないものであった。幼稚園側の演出力に脱帽。成長の節目に、次の学校生活への出発に、このようなセレモニーを経験するのもいいものである。

式の後には謝恩会が催された。近くのホテルでの昼食会なのだが、コースメニューの一品一品にアレルギー素材がないか、偏った内容でないかチェックを入れ、その他にも赤ちゃんのいる方の席はもちろん、全員の席順にもすんご~~く気を使ていた。ゲーム、歌、DVD映像試写、最後は先生方への花束贈呈ありで、大人たちは涙で終了。泣いていないのは子供たちだけであった。

この会場を出るときは、先生方手作りのクッキー、ネームプレート、そして園児ひとりひとりへのお手紙が渡された。

うちのこどもたち 卒園式の服装(保護者)

日本の3月は街の雰囲気も保護者の気分も“そつぎょうしき”であった。朝の情報番組で「卒業・入学式の服装」という特集もやっていた。保護者の服装についてであったが、「卒業式は金ボタンなどの華美な服装も容認できるが、入学式は初めて先生や保護者と顔を合わせる場なのでシンプルで無難なのが良い。」のだそうだ。うむ、わざわざTVが親の服装のお世話をするのか~と見ていたが、、、そう言えば以前、苦い経験をしたことを思い出した。

3年前、この幼稚園で入学式を迎えた時だった。それを想定していなかったので、帰省の際にはたいした服を持って帰っていなかった。仕方なく日本の箪笥の中を探し、奥底に眠っていた紺の地味~なジャケットをみつけた。式に着て行けそうなのはこれだけ。

あまりに地味なのでアクセサリー類を(フランス風に)多めにつけて参列したのだが、他のお母様方はシンプルなパステル色のスーツに真珠のネックレスのみ。

そうだった、日本はこうだった~~。昔、服飾の営業をしていたときも「入学式、卒業式にはこれでないとおかしいですよ」と言いながら真珠をたくさん売ってたのに~~、どうしてこんなことを忘れていたんだ・・・。 

とにかく、私はその場で自分が浮いているような気がしてならず、途中で派手で目立つキラキラを隠れながらはずしていった。フランスでは周りを気にして服を選ぶことはそうないが、日本へ行くとやはり人の目が気になってしまうなあ。

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話を戻そう。3月も第二週目となると、公園での保護者の話題も卒園式の服装についてとなった。「通販で注文したのが届かないからどうしよう」と心配するのはまだ序の口。「何着ます?何色?どんな形?スカートの長さは?ジャケットの形は? ボタンの色は?ポケットの位置は?髪型は?靴は?バッグは?」と事細か~~に全員に尋ねまわる人もいたのだ。すっ、すごい! フランスでは絶対にありえない質問だぁ、とあっけにとられてしまった。

だがこの人のおかげで当日を迎えることなく、皆の服装の‘全て’が分かってしまったのも事実。当日その通りの服装のお母様方が現れた時、私は笑いをこらえるのに苦労した。

うちのこどもたち 卒園式前

数年前、2月中旬~3月末に里帰りをしたときのこと。毎年お世話になったところで長女が卒園式を経験した。今回はその話を少し。

例年通り、フランスから帰省した翌日にW幼稚園に顔を出した。「あら、久しぶりね。また来たの。」と気さくな挨拶。10ヶ月という時間を感じさせないものだった。しかし園の子供たちはひとまわりもふたまわりも大きくなっていた。

卒園式は3月14日。準備は着々と進められているようで、学校からは
「卒園式に参加しますか?」
「参加されるなら卒園証書はどうされますか?」
「卒園写真は?」
「記念品は?」・・・。

この幼稚園には合計で4ヵ月半ほどしか通っていないので“卒園”とはいえないのだが、せっかく卒園式という‘フランスにはない’セレモニーに参加できるのなら、皆と同じようにしてあげたいと思うのが親である。
「他の子と同じようにしてください。」と返事をした。

すると、
「卒園証書は1600円、写真は400円、記念品のマグカップは200円、それから、、、。」 
と、一品一品の値段表を渡された。そっか、タダじゃないのかぁ。一括でいくらと言ってもらった方がありがたいのだが、最近は「詳細がわからないと何に使っているのか分からない」と、父兄から苦情がくるそうだ。

因みに式で頂いたものは、
カラー写真入り卒業証書(例の丸い筒とともに受け取るのかと思っていたが、真っ赤で頑丈な額に入ったものであった=そのまま飾れる。)
クラス写真
子供の直筆入りマグカップ
クラス全員が自分の似顔絵を書き、それをプリントした布製手提げ
紅白饅頭(これだけは昔と同じ。懐かしかった。)
思い出アルバム(歌、行事、みんなの絵、連絡先etc.)
3年間の思い出が詰まったDVD

日本の幼稚園って何かと準備が大変そう・・・。

2006年2月28日火曜日

うちのこどもたち そろばん

うちのふたりがそろばんの数字を読んだ。私は教えてないのにどうやって?

いつだったか、夜にベビーシッターを頼んだのだが、
「その(日本人の)お姉ちゃんが教えてくれたの。」
「でも何でまたそろばんなんか出したの?」
「天空の城ラピュタ(DVD)を見てたらそろばんが出てきたから、『あれどうやって使うの?』って聞いたら、『持ってる?』って言うから出したの。そしたら教えてくれたの。」

いやいや、今日届いたあるメルマガにも書いてあったが、
『覚えようとして覚えたものはやがて忘れてしまうが、
自然に覚えたものは永久に忘れない。』

まさにその通り。私が「じゃあそろばん教えてあげようか?」と言うのより、このように何気なく身につけばこの先ずっと覚えていてくれるかもしれない。

そろばんなんて必要ないと言ってしまえばそれまでだが、未知のことに触れるのは子供は大好き。私が留守の間にこんないいことがあったのかぁ。ベビーシッターしてくれたMさん、ありがとう。教えてくれたお琴も2人で時々練習してるよ。

2006年2月27日月曜日

うちのこどもたち 幼稚園体験入学

5年前になる。3歳と4歳の娘を連れて4・5月の2ヶ月間、日本へ帰省した。2人を日本の学校(幼稚園または保育園)に行かせるためである。フランスの幼稚園を休ませることになったが、「家庭の事情で」という手紙一つで了解され、特に問題はなかった。

電話帳・イエローページの幼稚園・保育園リストを日本から取り寄せ、実家からの近さを優先してフランスから連絡をとった。定員いっぱいというところが多かったが、「短期でもOK」の返事は5件目の市認可の私立T保育園でもらった。出足は上々。

帰省した翌日、2人を連れてT保育園を訪問。「いいですね、2つの国を行き来できるなんて。在園児にもいい刺激になります。」よく言われる言葉である。聞くたびにその“よい環境作り”をするのはこの私だと気も引き締まる。雑談しながら書類を渡された。福岡市提出用。氏名・現住所・生年月日の他は、両親の勤務証明書、保育園に預けなければならない理由、家庭内の65才未満(=まだまだ子供の面倒が見れる年齢)の大人全員の勤務証明書(若しくは健康上の理由で面倒が見れないという‘医療証明書’)が求められていた。

私の勤務証明書などあるはずがない。昨日フランスから帰省したばかりだ。私の両親も引退したばかりで65歳未満、至って健康、家で子供の世話ができる年齢ということになる。・・・ということは3人分の勤務証明書が必要? これは事業主の知人に頼んで偽書類を作ってもらう方法もあるが、家庭内の3人が同じ所で働く? しかしこの書類をクリアしても保育園に預けなければならない理由も相当練って書かないと不許可になるかも・・・。園長には正直に「日本の生活を同年齢の子供の中で学ばせたい」とは説明してある。この思いに賛同してはいただいたが、市への提出書類はきちんとそろわないと困るとのこと。当然である。「書類を提出してから許可が下りるまで約2週間、新入園は毎月曜日なので、早くても○日からですね。」とも言われた。え?じゃあ3週間後?そうなると通園は正味1ヶ月しかできないことになるではないか・・・。

T保育園を出た後、違うところを訪ねようと公立A幼稚園に行ってみた。行ってびっくり。公立は4歳と5歳の2年だけなのだ。何で? フランスでは3歳未満は保育園、3~小学校前は幼稚園とはっきり分かれているのに、日本では4歳児が保育園だったり幼稚園だったり、、、。

幼稚園と保育園の違いをはっきりさせたくなった。120万都市の福岡に公立幼稚園はただ1つ、保育園も市認可の私立ばかりなのだ。とりあえず市役所保育課へ。ここで愕然とする。福岡市では(‘日本では’といいたいところだが、そうであってほしくないという望みを持ちつつ、福岡としておく)幼児は家で面倒を見るのが基本。子供は親といるのが一番。保育園(0歳~6歳の未就学児)は仕事を持つ親のために存在するのであって、集団生活を通して情緒豊かな子供を育てるなどという主旨ではないということである。え? 本当に? 私の思っていたこととは根本から違いすぎた。この人の言う事が本当だとすると、フランスから来て体験入学させるなど、論外ではないか。

しかしめげずに、今度は市の教育委員会を訪ねた。答えは同じような内容ではあったが、大分穏やかに話が出来た。我が家のような場合は私立の幼稚園をあたったほうがいいだろうとのアドバイスを受けた。

ついでなので小学校の体験入学方法を聞いてみたが、こちらのほうは義務教育なのではるかに簡単、現地保護者が住民票と確認書(‘この子は○月○日~○月○日の期間、確かにこの住所に滞在します’の一筆)を持って校区内の学校へ行けば受け入れてくれるとのこと。シンプル極まりない。(現在はそうしてK固小に通ってます)

帰宅してから再検討してみた。最善策はどれであろうか?
① T保育園に行けるよう、書類を作り上げる。
② 無認可の保育園を探す。
③ 知育を売り物にした民間塾を探す。
④ 私立幼稚園を探す。

①には、大人全員の勤務証明書を得るために知人に迷惑をかけねばならない。=嘘をつくので気が引ける。給料によって保育料が決まるのだから尚更だ。
②を探してみると、保育時間が夕方~夜中と、客層が違うことに気付く。
③は1日預かってくれるところは3歳児までであった。

となると④しかなさそうだ。通園時間が9~14時と短いのがネックだが、変なところには通わせたくない。行動再開。まずは一番近いT女学園付属幼稚園。私が通ったT女学園高校の系列である。幼稚園受験のある有名校になっていたが、インターネット上では『英語も取り入れ、国際感覚豊かな子供を・・・』と謳っており、私の目的とも一致しそうな雰囲気であった。・・・が、直接訪問すると以外や以外、「短期で部外者が来ると園児が混乱するのです。それに日本語はちゃんとできるのでしょうか?」との言葉。‘国際感覚’という教育理念とはかけ離れた感じを受けたのは私だけであろうか?学校は見かけによらないものである。

次の訪問先は受験校ではなかったが、日本語が通じるのかと何度も質問された。何とか意図を理解してもらえるには至ったが、結局空きを待っている人が既にいるのでその方を無視して優先的には受け入れられないとの返事。同じ拒否されるにしてもこれには納得。3つ目は仏教系。お寺と併設で異文化に触れるにはもってこいである。空きもあり、OKが出た。在園児にもいい刺激になると理解してもらえたし、私も先生にも刺激をと、日仏の違いをいろいろ語った。そして書類。ここは住所氏名以外は特に必要なしだったが、入学金(ひとり10万)と制服代(ひとり6万)を見て、私は唖然とした。その他に月謝がひとり2万6千円必要なのだ。2ヵ月通わせるにはあまりに高い・・・。

値段に納得できなかったのでもう1件あたってみた。私立はどこも同じと諦め気分で、何回言ったかわからないセリフを繰り返した。「フランスから来て体験入学させたいのですが・・・」 ニコニコ顔で即「いいですよ!」何と何と、今度は入学金なし、制服は週1回着るか着ないかなので、余っているのを貸してくれるとのことであった。嘘のような申し出に耳を疑い、この条件を数度確認した。これまでの経緯を話すと、園長は「昨年は純粋ロシア人の子供が来ましたよ。英語も通じませんでしたけど楽しかったです。その前はアメリカ人で・・・」と話し始めた。手持ちの現金を出すと、「それより、明日が始業式なのでとりあえず制服を持って帰って袖をもうちょっと曲げてやってください」と言われた。

この幼稚園はひらがなの勉強も英語教育もなく、福岡では不人気のようであったが、先生方だけでなく、保護者の方々も実にいい方ばかりで、子供達も活き活きしていた。道で会うと遠くからでも「○○ちゃ~ん、お~は~よ~!」と声をかけてくれるし、大人にも積極的に話しかけてくる。日本に行くと遠巻きに、しかし聞こえるように「ハーフじゃない?」とささやかれることが多いので、逆に遠慮なく話をしたがる子供を見ると嬉しくなってしまう。地元の小学校では「ここの卒園児は周囲への思いやりがあり、落ち着きもある」と評判もいいらしい。

この幼稚園には翌年も1ヵ月半受け入れてもらった。その次の年も2・3月に再びお願いした。

2006年2月24日金曜日

うちのこどもたち 3歳以前

いろいろ問い合わせが多いので、今まで子供とやってきたことを、数年前の日記から抜き出して書いていきたいと思います。何かのお役に立てれば幸いです。

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我が家には1996年生まれの娘と、その下に13ヶ月違いの妹がいる。2人がまだ話せない頃は、日本語環境について深く考えることはなかった。母親である私が日本語で話してさえいれば子供たちも自ずと日本語が身につくものと思っていた。

その後インターネットが普及したおかげで、自宅に居ながら世界中から情報が集められるようになった。子育てに役立つネタも簡単に収集できるのは大変ありがたいのだが、同時に心配事も増えていく。日本語の読み書きができるようになるためには、親の努力が欠かせないと彼方此方で言われているのである。

う~ん、困った。いくら生活基盤がフランスとはいえ、自分の子供が日本語の読み書きできないのは嫌だし、この私が知っていることぐらいは子供にも習得してほしい。・・・となると、私自身が日本で受けた学校教育を‘家の中で’‘私が’子供に施す必要があるのか??、そう思った途端、寒気がしたのを覚えている。大変なお役目である。平仮名・カタカナ・漢字という文字は勿論、俳句・短歌を含む古典、視野を広げるためにいろいろなジャンルから本を選んで、、、日本の歴史も捨てられないし、習字や伝統行事の紹介、、、とてもひとりで担えそうにない。だから深く考えるのは止めることにして、とりあえず‘今’何をしてあげようか?

ここまでは長女が1歳の頃の話。ひとりでいろいろ悩んでいたが、とりあえず、遊びと育児情報が1パックになって毎月届く、『こども・・・・・』の購読を始めた。日本の実家を通さずに海外まで直送するシステムが整っているものは他にもあったが、単純に日本での一番人気を選んだ。絵本とビデオと小さな玩具で「はみがきはたのしいよ」「トイレへ行けば気持ちいい」と語りかける1歳児教材、兄弟への思いやりが詰まった2歳児教材。5歳の頃は平仮名や足し算に遊び感覚で取り組み、ビデオから「すり傷が治るまで」を学び、「けっしょうばん、はっけっきゅう」などと言っている。私は毎月感心するばかり。子供の興味を引く仕組みが詰まっているのだ。30万人以上が購読中というのも頷ける。

次女が2歳のとき、日本へ2ヶ月帰省。目的は日本の保育園に通わせること。日本語は同年齢の子供と遊びながらのほうが早く覚えるし、日本の行事(ちょうどこいのぼりの時期であった)に直接触れさせたかったから。実家は九州、120万都市福岡の中心部。保育園、幼稚園は近くに多く存在する。帰省前はどこかが簡単に受け入れてくれるものと思っていた。否。理由は様々。

この年は結局、民間の幼児教室に通わせた。元幼稚園経営者がマンションの一室で行う、0歳~3歳が10人弱の知育教室であった。一人あたり23000円/月と我が家の予算を越えていたが、よく調べると日本ではこれが相場とわかり、契約した。「入会金○万円もお願いします」という他の教室に比べれば、非常に良心的であった。その上、目からウロコの教えもいただいた。例を挙げると、

 紙への殴り書きは、子供には絶対に必要。筆記具をどう持ってもいいから、やりたいだけやらせるのがよい。この段階を踏まない子は、次のステップで線をまっすぐ引く、丸を書く、などが容易にできない。

 鉛筆は、幼児には固すぎるので、力を入れなくてもスラスラ動くサインペンがよい。クレヨンも固くて書きにくい。絵の具は違った感覚となるのでお勧め。

 子供にねだられるままに親が絵を書いてあげるのは、あまりよくない。その後子供が真似た絵ばかり書くようになり、自作しなくなる。

 子供か書いた絵、例えば顔の絵に、「あれ、眉はないの?耳は?」となどのコメントを言うと、絵を書き上げた満足感を削ぎかねないので、注意が必要。

 つみきやレゴなどの創作玩具はなるべく片付けないほうがよい。壊してしまうと、次回また一から始めることになるが、前回の続きからなら新たな想像力が働き、意欲も湧く。

 子供に何か習慣付けさせたいなら毎日やること。最低3ヶ月は続ける。

0歳児にもお昼寝前に絵本を読み聞かせていた。1歳半でひらがなが読める子に出会ったのもここだった。